2018年9月1日(土)

早いもので母が倒れてから1か月が過ぎた。
手術が無事に終わった時には、もっと楽観的に考えていたため、今のような状況(生活)を想像してはいなかった。
私の(母の)生活は180度変わった。
そういえば、占いで、「今年はあなたの人生は180度変わるような出来事があります。今までの苦労がすべて報われるでしょう」なんていっていたっけ。

『確かに180度変わった! でも、苦労は報われたのだろうか? かえって背負ったのでは?』 などと考えながら病室に向かった。


昼間に行くのは久しぶり。母の様子はいつもと変わらない。ただ、氷枕だけは外していた。

少しするとリハビリ担当スタッフのSさんが来られた。若くてかわいらしい女性である。

そのsさんが「ボケ子さん、リハビリですよ。起きてください」と声をかけると、私の方をむいて「いやな声がきこえてきた、と思われているかもしれませんね」と笑った。

その言葉に反して、寝ていた母は目を開け、足を動かしていた。

「さ、車いすに乗ってリハビリ室に行きますよ」との声に、さらに足を動かして膝を立てる。
私はその姿に驚き、「どうやらリハビリしたいって、体が反応していますよ」とSさんに話しかける。

車いすに抱きかかえられて移動する際も、母は車いすのシートの位置を左手で確認していた。

『こんなこともできるんや』正直、寝てばかりいる母を見ていた私にとってはその姿は嬉しい誤算だった。

私も一緒にリハビリ室に向かう。その道中で、Sさんがこんなことを教えてくれた。

「木曜日(一昨日)から、起立訓練を取り入れているんです。ちょっときつめの刺激を与えて、意識の覚醒を図ろうと思って。10分間装具をつけて立ってもらっているんです」

「しんどいことだと思うんですが、ボケ子さんは絶対に嫌な顔を見せないんです」

「ほかの方なら嫌がるようなしんどいことでも」

「ボケ子さんが嫌な顔をしたのを一度もみたことがないんですよ。そこはすごいな、と思って」

『そうか、母はやっぱり元気になりたいんだ。彼女は諦めていないんだ。私と一緒に奇跡を起こそう!といった言葉を、彼女はその約束を守ろうとしているのだろうか? それとも、彼女の性格上、今のままでは嫌だという気持ちが強いのだろうか?』

なんだか私は嬉しくなって、母の頭を撫でた。親が子に〈いい子いい子〉するみたいに。


リハビリでは、両脚に装具を着用して、前後からスタッフが介助しながらの起立訓練を行っていた。
『ここ数日は、こうして10分間立っているのだ』と思うと、昨日までの、いや、さっきまでの後ろ向きの自分を反省せざるを得ない。


10分間の起立訓練を今日は2セット行った。
すごい、こんなにがんばっている、と少しウルウルしていると、介助に入っていたベテランスタッフさんが母に声をかける。

「ボケ子さん、ちょっと歩いてみましょうか?」
「やりたくなかったら右手を握る、やるなら左手を握る、どっちにしますか?」

母の左手が動いた!!!!

「左手が動きましたよ。いいんですね? じゃ歩きますよ。 車いすまで歩きましょう」

と言って4メートルぐらい先に車いすを移動した。
2,3歩と思っていた私はびっくりした。

「できますかね? ちょっと遠いですよ!」と声をかけた。
母の目は車いすを一瞬だけとらえた。

前後からスタッフに介助されながら、母は右足を前に出し、左足を前に出し、ということを体をゆらし、時にはひきずるようにしながら動かす。
(後ろからの介助スタッフに脚を押されるようにしていた、という状況)

そして、車いすのところまで到着した!

「すごい! よく頑張りましたね。今日は疲れましたね」とSさんが声をかけると
車いすに座って澄ましたように両手を膝の上で組んでいた母が
「うん」と頷いた。

私は、その母に向かって「すごい、こんなに頑張れるとは思わなかった。めっちゃうれしいよ」と話しかけると、母は聞こえなかったかのようにそっぽを向いた。